Lost Japan 19 century
 

すごく、ものすごく、帰りたくなる。


I love Japan.


















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You Raise Me Up
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Ali, život ide dalje.
人間五十年、人生八十年などというけれど、本当は、自分の人生にどれくらいの時間があるのかなんて、だれにもわからない。
だから、いくつのころに何を始めてもいいと思う。
人生の何十歳を基点にして、「前半」「後半」などと考える人がいたりすると、「変だなあ」と思っていた。

あれから、まもなく半年。
人生で初めて、それ以前と、それ以後、という時間の区切りを、思い知らされている。
3月11日より以前のことは、もう、ほんとうに、どこか別の、遠い世界のことのように思う。
どんなに親しい人の、おめでたい祝い事なども、申し訳ないけれど、とても遠い。
そういうときが、くるものなのかもしれない。人生には。
わたしは愚かにも知らなかっただけだった。


半年、ふつうに仕事をした。
5月には仙台に行き、友人のお別れ式に参列した。
元気な顔にも会えて無事を喜び合えたけれど、そこにいない人がたくさんいることの意味を考えてしまい、互いに黙ってしまう時間もあった。

直後から、毎週、週末になると学校の生徒たちをつれて、石巻や多賀城などにボランティア活動に行っている山形の友人は、「あまりに悲惨な場所には、つれていかないようにしていた」と言っていた。
石巻市役所で業務に奔走しているはずの友人には、いまだ、自身は無事、という以外の状況を、だれも問えずにいる。

新幹線の改札まで見送ってくれた友人は、「このくらいしかできないから」と駅の売店で土産をあれこれ買うわたしに、「ちょっとわたしも家に買ってくるね」と言って離れ、買ってきたお菓子を、改札前で「ホントにありがとう」と差し出してくれた。

友達の家。先生の家。
学校の帰り、ふと思い立って足をのばしてみた町。
夏の日、なにげなく行ってみた、あの海。
山の裏の、小さな集落。
取材にまわった半島のはしっこ。


このどうしようもない悔しさがなくなるには、まだ、何もかも足りない。
でも、ふるさとのなまりのように聞きなれた言葉を、涙なく聞けるときが、またくるだろう。
きっと大丈夫。
みんなが強いから。そんなに弱くないから。わたしもけっこう強いから。
大丈夫。
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美。
村井選手のブログの写真が美しい……(^.^)

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勇人のこと
勇人の笑顔を見ると、ほっとします。

昨年の1月15日に勇人選手のジェフへの復帰が発表されて、もう1年半。
「ゆーと。新しいサッカーは、楽しいですか」
たびたび、一人ごとで問いかけてみたりしてきました。

J2への降格が決まったジェフをJ1に上げるために、京都と引き続きの契約をせずに、帰ってきた人だから。
復帰が発表になって最初は驚いたけれど、お金や舞台にこだわらず、ただただジェフを助けたいという勇人の思いは、心からうれしかった。

あきらめたもの、失う覚悟をしたもの。
行動に移すと決めるまでには、ぽろぽろと、いくつかの何か大切なものを、その手からこぼさなくてはならなかったかもしれない……。

そんな決断をして帰ってきた勇人。
けれど、昨年、ジェフはJ1に上がることができなかった。

だからこそ、今、勇人が楽しそうにしていると、本当にうれしい。
京都でしたかったこと、できなかったこと。ジェフでしたいこと。
少しずつ、でも、たしかに叶っているのかな。

できれば勇人の夢がすべて叶って、その笑顔のままでいてほしいです。

勇人選手、今季初ゴール、おめでとう!



 
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日々
お久しぶりです。
3月11日以来このかた、関東地方にお住まいのかたは、節電の日々を過ごしていることと思います。
夜、店の看板は点灯せず、店内も暗め。ネオンも自動販売機も光っていません。
家の近くにある小さな医院も、看板と駐車場の電気を消しており、ほかに大した店などもないので、近所は民家の明かりのみが点いているという暗さです。
とくに問題はありません。困るといえば無灯火自転車には困りますが、その程度のこと。

過剰な点灯、看板、空調設備、あるいは車、陰気な灰色の舗装道路。いろいろな科学的なものを、日々の生活のなかで鬱陶しいと感じることが多々ありました。
それは、しかし、先人が知恵をしぼり、努力を重ねてつかみ取ってきた便利さや道具なのだから、わたしごときが要らないと断じるものではないということも、承知しているつもりです。
恩恵に浴すこともあるのですから、手放してみたところで衣食住における苦労は計り知れません。

けれど、それでも時折、帰りたい、と思うことがあるのです。
夜が、あたりまえのように暗かったころ。
道が、夏にはほこりが舞い、雨が降ればぬかるみ、泥をはね、けれど瑞々しく懐かしい薫りを放っていたころ。
身のまわりのものを、身のまわりにあるもので作ることにより、日々の暮らしを支えていたころ。
人がまだ、誰に紛呶されるでもなく、自分の内から湧く心のまま、あらゆる命とのつながりに思いを至すことができたころ。
そういうころに。

震災により、大切な家族を失ったわけでもない、財産や仕事を失ったわけでもない、停電も経験していない人間。
社会のあらゆるしくみがすでにあり、便利な物に満たされた時代の人間。
だからこそ、ふと考えるのであろう、ささいな戯れ言ですが……。

電気はもとより、それ以外でも、失った不便さを再び手にすることに慣れていこうと思うのです。

へなちょこ日記 comments(2) -
2011年3月16日(水)


Smile
作詞 ジョン・ターナー/ジョフリー・パーソンズ
作曲 チャーリー・チャップリン



「このことを言いたいです。終わらないものはない。絶対に終わらないものはない、ということです。必ず終わりが来るんです。そして、これが起こった後に、大きな、大きな喜びが来ること。絶対にそれを信じて、今日1日、この1時間、それを耐えてください。(中略)どうか、1ミリでも、1ミリでも平和な時間が訪れますよう、本当に微力ながら、われわれ一同、心から願っています。」(引用元:kizuna311 #03 香川照之メッセージ

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2011年3月14日(月)
用事を済ませた帰りにミカンを買おうと思ってスーパーに入ろうとしたら、足と目の不自由なおばあさんが、杖をついて、ゆっくりと店内に入るところでした。
その千葉のスーパーには、生鮮食品はありましたが、お米やパン、クラッカー、カロリーメイトなどの携帯食、インスタント食品のたぐいが売り切れていました。

おばあさんが何を買おうとして来たのか、わたしには知る由もありません。
ただ、もしもおばあさんが事情により他のお店には行けなくて、もし主食がなくなりそうだからと買いに来たのだとしたら……。

みんなが、必要なものを、当座、必要となるぶんだけ、手にすることができているよう祈ります。

あらゆる自体を想像して不安に思う気持ちは、わかります。
でも今は、被害の大きい地の人のことを思い、「普段どおり」がなくなることによって困窮してしまう人のことも考えて、できる限り冷静に生活したい。
被災地のためにできることをするにも、まずは自分の理性をしっかりと保った上で、行動に移したい。

被災地の、少しでも多くの人が助かりますように。
東北に住む友人たちに、また会えますように。
心からそう願います。
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Mac OSX 10.4での確定申告
おひさしぶりです。こんばんは。
わたしは元気です、ジェフ勝ったし!\(^-^)/

ようやく確定申告の書類を作ろうと思ったら、
国税庁HPの申告書作成コーナーに
「Macの対応OSは、10.5か10.6」という記載がありました。
わたしのiMacのバージョンは10.4。
去年までは問題なく作成できたのに……。

結論から言うと、大丈夫でした。
(ただし、わたしは電子申告ではなく、印刷して提出するほうなのですが)
試しに昨年のデータを読み込んでみると、
普通に読めて、平成22年度分も作成、印刷できました。

よかった…。
新しいMacを買うわけにはいかないし(いらない。笑)、
父のWindowsはプリンターにつながっていない上に、
事情によりキーボードとマウスは隠してあるので
隠し場所から引っ張り出すのが面倒だし、
税務署で作成するには順番待ちが厄介だ。
ということで、一時はどうしようかと思いました。

試してみるものですな。

ちなみに、ブラウザはSafari 4.1.3です。
へなちょこ日記 comments(4) -
『ドリナの橋』
「宰相でもいい。金満家でもいい。わが身の喜びや憂いを、またはのんびりした余暇をこのような場所に持ち出せる者が、世界じゅうに何人いるだろうか。わずかである。ほんのわずかである。過去何世紀ものあいだ、この土地のどれほど多くの人間が、朝を、夕べの祈りを、忘れたことだろう。頭上の星座の移動にも気がつかずに、夜の時を忘れたことか。無数の人びとが、滑らかな切り石にもたれ、頭をかかえてすわり込み、山と空と雲が織りなす永遠の光のたわむれの下で、いつも変わらぬとはいえ、そのたびごとにもつれ乱れるヴィシェグラードの運命の糸を、解きほぐしたものであった。」

(イヴォ・アンドリッチ著/松谷健二訳『ドリナの橋』より)
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